「四足」について
私が「四足」(よつあし)という言葉を初めて知ったのは、もう数年前になりますが、『日月神示』の解説本を読んでいた時のことでした。
『四 ツ 足 を 食っ ては なら ん、 共 喰い と なる ぞ、 草木 から 動物 生まれる と 申し て あろ う、 神民 の 食物 は 五穀 野菜 の 類 で ある ぞ( 五十 黙示録 第二 巻 碧玉 之 巻 第 八 帖)』*1
特に理由はないのですが、この一節がその時妙に心にひっかかって、それからというもの、いつも心の隅に「四足」を控えようという思いが何となくありました。
元々、アレルギーを改善しようと自然食療法やマクロビオティックを実践していた時期もあり、またインドで暮らした8か月ほどをベジタリアンで通した経験もあったので、肉を食べない穀物菜食には違和感がないし、それが人間本来の自然な食事だとも感じているところがありました。
ただ、日本で普通にサラリーマン生活を送っていると、毎日が本当に忙しく、心の余裕もなく、スーパーや外食チェーンで手軽にお得に食べられる食事が中心になってしまう。まぁ、言い訳なんですけど、私の意識がそこまで追いついていなかったのでしょう。
ここ数年、糖質制限や独自の食養をゆるく続けている中で、徐々に意識が進化してきたのでしょうね。紆余曲折しながらも、今年の2月についに「四足」を止めるに至りました。
神人さんの『大日月地神示』にも「四足」についての言葉があります。
『・・・草木、虫けら、四足も皆々大切じゃから、人民大事大事にして下されよ。神、頼むぞ。草木は食べられるのが嬉しいのじゃぞ。出世するから嬉しいのじゃぞ。一二三の食べ方して、感謝して下されよ。何もかも病なくなるぞ。食べ過ぎるから不運となるのじゃ。皆それぞれに分けて下されよ。四足食べるでないぞと申しても、食べる物無いと申す人民おるが、何もかも食べ物溢れんほど与えてあるでないか。自分の物というもの、何一つ無いのじゃぞ。みな神が与えておるのじゃから、皆で仲良う分けて下されよ。人民の食べ物、決められておるのじゃぞ。理屈、悪じゃと申すのじゃ。』(「お」の巻)*2
この一節などは、ベジタリアンやヴィーガンの思想ともかなり重なってきますね。人間以外の他の種(草木・虫けら・四足etc.)に対しては、地球に共生する仲間として大切に扱わないといけないです。ドキュメンタリー映画『ドミニオン』でみられるような動物たちを物同然に搾取するような扱いは絶対におかしいですよ。人間と同じように、苦しんでいる動物たちも助けてあげないと。そのためには、自分も含めてだけど、人々の意識がさらに上がっていかないといけないですよね。アナスタシア *3 がシベリアの森で動物たちと仲良く共生して暮らしているような、そんな世界を作っていきたいと思います。動物たちと、一方的ではなくて、お互いに助け合っていけるような関係を築けたらと感じます。
*1 OKAME予測研究所 Kindle版『2024年からの天変地異を生き残る方法』p.100
*2 野草社 神人著『大日月地神示【前巻】』p.41
ドキュメンタリー映画『ドミニオン』
ドキュメンタリー映画『ドミニオン』を観ました。きっかけは、先日ランチで伺ったヴィーガン料理店「TOMOE KITCHEN」さんの店頭で紹介されていたQRコードです。
私達が日常食している肉も、元は生きていた動物たちです。人間と同じように感情も気持ちもあります。その動物たちが実際、どのように扱われているのか、どのような過程を経て店頭に並ぶ肉となるのか、がこのドキュメンタリーを観ることで理解できます。
動物たちに対しては、思っている以上に残酷な扱いでした。一般には公にされていない世界だし、普通に生活している一般人にとっては特に意識もしていない部分なので、こんなこと全く知らずに普段肉を食べているわけです。
目を背けたくなるような、なかなか衝撃的な映像の連続ですが、ベジタリアンやヴィーガンに興味のある方は観ておいた方がいいと思います。現実に私たち人間が動物たちに何を行っているのかを知った上で、自身の在り方を決めたらいいと思います。
YouTubeで日本語吹替で観ることできます。
「有機JAS認証マーク」のある食品を!
以前、小麦の危険性を3点書きましたが、特にポストハーベストについては、輸入している生の食品全般について言えることです。
小麦のような穀物だけではなく、フルーツ、ナッツ、野菜、コーヒー、大豆等については、輸入の際に、有機認証がある場合を除いて、ほぼ全てにカビや虫、腐敗を防止するための薬剤が散布されています。
YouTubeでレモンや柑橘類にポストハーベスト農薬を噴霧している動画を見ることができますが、これでもかというくらいに噴霧し、しかもビタビタに浸しています。本当に驚愕です。あの美味しいオレンジやグレープフルーツがこのような処理をされていたとは。たとえ皮を剥いて食べるとは言っても、薬剤が中まで浸透していないはずがないです。とても食べる気にはなれません。
もし輸入食品を食べるのであれば、現時点では「有機JASマーク」のあるものを選ぶのがベストだと思います。
「有機JAS認証」を受けるには主に4つのルールをクリアしなければなりません。(もちろん他にも条件あります。)
- 種や苗を植える2~3年以上前から、農薬や化学肥料を使用しない。
- 栽培中、および収穫後の保管や輸送に対して、農薬や化学肥料を使用しない。
- 周囲の環境から農薬や化学肥料が飛んでこない。
- 遺伝子組み換え技術や放射線は使用不可。
以上の4つがクリアできなければ、この認証は表示できませんので、化学物質を取り込まない生活をする上ではかなり参考になるマークです。
今の日本では、見た目や価格の安さ、イメージだけで自身が食べるものを選んでしまうと、どうしても不要な化学物質が体内に入ってきてしまいます。身体をさらに浄化していくには、ある程度意識して努力していく必要があると思います。
そして、一人一人が安全で有益な食物を選択していくことで、世の中を取り巻く環境が変わっていくと私は信じています。
経済は需要と供給のバランスで成り立っています。「需要」、つまり私たちが選ぶ食品、が徐々にでも変化していけば、スーパーに並ぶ「供給品」も徐々に変化していくのです。
不自然で危険な生産方法であっても安く美味しい食品であればよいのか?
それとも、自然の環境で生産された安全な食品を選ぶのか?
これからの私たちの行動次第で、もしかしたら近い将来、スーパーの店頭から利益優先の危険な食品が排除されていくかもしれません。
一人一人の日々の選択には将来を変えていくパワーが宿っています。
日本はインドよりも衛生的?
私がインドに滞在したことがあると言うと、けっこうな割合で「お腹はこわさなかったか?」と質問されます。「東南アジアや南アジアの衛生状態は悪い」というイメージがこのような質問をさせるのでしょう。
私自身、インドに初めて行った時は、実際、お腹をこわしました。初めて行った時は、現地のアシュラムに入り、インド人と同じような食生活をしていたのですが、下痢が3週間以上も続き、かなりの苦痛を味わいました。食べられないというわけではなく、実際美味しく食事はできるのですが、何かを口に入れると、それがそのまま下痢となって排出されるような状態でしたから、アシュラムでのヨガや瞑想クラスが始まる1,2時間前は何も口にしないようにして、なんとかアシュラムでの生活を支障なくこなしていました。
それでも下痢で苦しんだのは初めの3週間ほどで、その後は何を食べようとも平気でした。
その後、アシュラムを出た後は、日本の感覚からすれば衛生状態のかなりやばそうな安食堂や屋台での食事(15ルピーとか20ルピーでターリー食べていました)がほとんどだったのですが、当初の下痢のような症状は一切ありませんでした。
日本人や西洋人はインドで必ずと言っていいほど最初にお腹をこわすようです。なぜでしょうか。私たちのほとんどは、「インドの衛生状態が悪いから」お腹をこわすのだと思っています。風土が悪いのか、国の施策が悪いのか、とにかく問題はその環境の悪さにあると信じています。でも、それならどうして現地の人は何ともないのでしょうか。
私から見れば、問題はインドの環境にあるのではなくて、むしろ日本人や西洋人の身体に問題があるんです。日本人や西洋人の身体環境が悪いから、お腹をこわすんです。現地で暮らすインド人よりも、日本人や西洋人の方が明らかに身体が汚染されている。
日本の社会では、西洋医学の理論を基にその環境がコントロールされています。ほとんどの人は気にしていないし、気づいていないかもしれませんが、水道水や食品にけっこうな化学薬品が混入され、人々に下痢等の症状が出ないように操作されているのです。これを「公衆衛生」と言うらしいです。苦しい症状が全く出てこないので日常は楽ちんですね。
でも、これを「衛生的」だと思ったらただの勘違いです。実際は、心身が浄化できる機会を失っているだけなのですから。
私がインドで下痢に苦しんだ3週間は、心身から不要な毒素を排出していた、いわゆる浄化の期間だったんですよね。
本当は出てくるはずの症状が日本では出てこないようにコントロールされている。日本で生活しているとなかなかそのことに気がつきませんが、インドや東南アジアに行くとそのことがはっきりと分かります。
インドでのベジタリアン体験
まだ独身だった30代の頃、北インドの町、リシケシュを中心に8か月ほど滞在していたことがあります。当時の私はこの地でアシュラムに滞在し、日々ヨーガや瞑想を実践していました。「アシュラム」というのは、日本でいう「禅道場」のような修行の場で、食事付きで宿泊しながら修行に集中することができます。
アシュラムでの食事は、外で食べる料理よりもスパイス加減がマイルドに調理されているようでした。 朝食には「ポリッジ」と呼ばれる甘いお粥を食べることが多く、最初の頃は甘いお粥に違和感を感じ気持ち悪いと思っていたのですが、何日か食べているととても美味しいと感じるようになりました。昼食や夕食では「チャパティ」を主食に、数種類のスパイス料理、ダール(豆のスープ)、サブジー(野菜の蒸し煮)等を食べるといった感じです。食堂では床に輪になって座り食事をします。給仕の人が食べたい量だけ器に入れてくれます。
外の食堂に行けば、当時は確か、ターリーが15~20ルピーで食べられました。日本円で40~50円くらいでした。
実はここリシケシュでは肉や魚は食べられません。リシケシュや近隣のハリドワールはヒンドゥー教の聖地なので、法律で肉・
半年以上もの間、肉も魚も卵も食べられず飲酒もできませんでしたが、私の場合、全く苦痛はありませんでした。むしろ、
たまに、デラドゥンやデリーに行ったりすると、
こんな過去のベジ体験があるから、
レストランに足を運ぶということ
より上のベジタリアン、ヴィーガンを目指しているとはいえ、今現在の私は、食材の質にもかなりこだわっているので、四足が入っていなければOKというわけではなく、たとえプラントベース100%の食材であっても、口にしないものが多々あります。
まず、口に入る食材については、基本的に国産、または有機を選ぶようにしています。国産であっても、有機、減農薬、低農薬があればできる限り選択します。100%安全なものとまではなかなか難しいですが、できる限りの努力をしています。
私が国産や有機にこだわる理由は、外国産の農産物に散布されている農薬等の薬剤を避けるためです。国産が必ずしも安全というわけではありませんが、少なくともポストハーベスト農薬は取り込まずに済みます。日本の法律では、添加を禁じられている農薬が、外国からの輸入品には農薬を添加しても普通に販売できているというおかしな実情があるんですね。
中でも特に重要だと思っているのが、小麦粉製品と大豆製品。穀物の内でも米については、意識しなくても国産がほとんどなのですが、小麦粉製品や大豆製品については、食べる頻度が比較的高いにもかかわらず、国産の割合が少なくて、安価な物を選んでしまうと、ほぼ全てが外国産ということになってしまいます。
以前に、大量の小麦粉が入ったタンクの中にポストハーベスト農薬をこれでもかというほど噴霧している映像を見たことがあります。驚愕ですよ。こんな小麦粉で作られたパンやパスタを日常食べていると考えたらまじゾッとします。
実はこれが、自分が過去に悩まされてきた花粉症やアレルギー症状の原因だったのではないかと疑っています。
中学の給食では、毎日のようにパンと牛乳がメインでした。米の消費率が今よりもかなり高かった昭和のあの時代(1980年代)。今思うと、毎日パンというのもかなり不自然だったし、使われていた小麦粉の質も今となっては全く分かりません。
そう考えると、私の世代は、小さい時分から気付かないうちに、長期に渡ってちょっとずつ、ポストハーベスト農薬を身体に取り込んでいた可能性が高いのではないでしょうか。
パンやパスタ、スイーツなど、小麦粉で作られた食品はけっこう多いですが、このルールのおかげで、現在の私が口にする危険な小麦粉製品はかなりセーブされていると思います。
実際問題として、外でパスタやピザを食べたいと思っても、国産や有機の小麦粉使用を謳っている飲食店ってほとんどないんですよね。外食でのイタリアンはなかなか難しいです。うどんは比較的国産を謳っているチェーン店があるので利用しやすいですが。
四足の縛りで選択できるレストランは確かに減りましたが、私の場合、それ以上に、国産小麦・有機小麦の縛りで選択できるレストランが限られてきます。
レストランに足を運ぶということは、そのレストランに一票を投票していることだと私は思っています。選挙と一緒で、投票数が多い店は住民に支持されているということですから、ますます発展していくだろうし、投票数が取れない店はそのうち淘汰されていく。
価格の安さよりも食の安心安全を優先してレストランを選択する人がこれから増えていけば、どのレストランも安全安心な食材メニューだけを当然のように提供してくれるようになるはずです。
一人一人の日々の選択には将来を変えていくパワーが宿っているはずです!
安全安心な本来の自然な食品が当然の世の中になるよう、そんなレストランを応援するためにも地道に投票していきます。
自分の世界がガラッと変わった!
ポーヨベジタリアンになって、2か月が経ちました。四足を食べたいという気持ちは今ではもう全くないので、特に我慢をしているわけではありません。
今振り返ってみると、この2か月間で具体的に変化したことといえば、
- 外食で利用できるレストランが減った
- 注文できるメニューが減った
- 大豆製品や魚を食べる頻度が増えた
- 食事や飲み会に誘われた時、肉は食べられないと伝える必要がでてきた
といったところですが、食事の選択肢が減って、逆によかったと思っています。
今までが選択肢多すぎで、しかもレストランやチェーン店の宣伝とかお得情報に多々振り回されていたので、そこからかなり解放された今、気持ち的には身軽で快適です。
それに、職場の飲み会などもあまり行きたい方ではないので、断る口実にもなって逆に好都合かもしれません。
一緒に会食をするのであれば、同じ世界に住んでいる人や縁ある人たちと行った方が自然だし心から楽しめますからね。
具体的な変化はこんなところですが、内面の変化というか、最大の収穫は、自分の住んでいる世界がガラッと変わったことですね。2か月前にポーヨベジタリアンになると決断して本当によかったと思っています。
自分が今現在住んでいる世界では、動物(哺乳類)はあくまで地球上で一緒に暮らす仲間であって、食物でも物でもない。もっともっと動物たちとコミュニケーションを取ってお互いが快適に暮らせる世界を作っていけたらよいのにとさえ思っています。動物たちと協力してこの星(地球)をさらによい星にしていきたい。
今はまだポーヨベジタリアンですが、さらに上位のベジタリアンやヴィーガンも私は視野に入れています。将来的には自分の世界に鶏や魚も加わってくれるものだと思っています。